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大正10年 夏①

 光源のない室内に、明るい陽が差し込んでいる。手元の活字から視線を上げると、小奇麗な格好をした男達が歩いてくるのが二階の窓からでも見えた。こちらへ近付く二人には随分と背丈に差がある。長身の男は興味深そうに顔の向きをかえ、頭の上で夏の太陽光を吸収する黒い帽子を揺らしていた。
 この建物の位置と特徴は伝わっているはずだ。守也は窓際に座ったまま読みかけの新聞に目を戻し、ドアがノックされるのを待った。紙面には先日造船所の工員らで行われた労働争議の特集が組まれていた。見出しには労働者とそのストライキを支持する文句。
 随分と経ってから革靴で薄い木の階段を慎重に登る音が聞こえた。今にも割れそうな木の軋みが建物全体に広がっているようだ。二人分の気配は部屋の前でとまり、ガンガンと不躾に扉が叩かれる。白光を反射する紙を見続けた目には部屋の入り口はまさに暗闇だった。守也はゆっくりと窓際の椅子から立ち上がり、左手で探り当てた取手をつかんでドアを押した。
「悪いねぇ。メシを入れていたら遅くなってしまった」永井達夫は小柄な身体を折り曲げながら、器用にその人懐っこい丸顔を守也に向ける。後ろでは長身の男が帽子を胸に抱え、目だけで挨拶をした。二十台半ばといったところか。堀の深い丹精な顔立ちには、穏やかな微笑をにじませていた。
 守也も笑みに見えるよう表情を作りながら二人を部屋に招きいれ、椅子を机に並べて客人に勧める。椅子は二つしかない。永井が席に着くのを見て躊躇する男をよそに、自分は小さな踏み台を返して机に向かった。「お一人だと聞いていたのですが」長身の男に一瞬視線を投げかけ、正面に座った永井の目を見つめた。
 急に思いついてね、と永井は悪びれずに言った。「彼は私の知人で記者をしている佐伯君。駅で偶然見かけてね、久しぶりだから昼飯でも食おうと声をかけたんだ。世間話をしている内にここの話しになったんで誘ってみたら、是非同行したいというものだから」
「佐伯です。又新の記者をしています。永井先生にお声がけいただいたので、僭越ながらご一緒しました」生ぬるい空気の中、男の涼しげな声が漂う。「もしお邪魔でしたら席を外しますが」
 結構です、と守也は答える。別にやましい話しをするわけではない。机上で折りたたまれた新聞を一瞥してから、立ち上がって再度椅子をすすめた。

 永井の依頼は前に聞いていた通り、大通りから南に広がる貧民窟の案内をしてほしいというものだった。スラムで一日滞在し、そこで暮らす貧民達の生活を観察するらしい。期日は二日後、彼の所属する学会の若手二名も同行する。これも守也は既に知っていた。わざわざこんなところにまで打ち合わせに訪れるなんて、ご苦労なことだとも思う。
 そういえば、と守也は切りだす。「この件ははじめドクターに依頼されていたでしょう。なぜ急に僕のところに?」
「だってあの人は…」永井はくくっと含み笑いをしながら、先ほどまで守也が読んでいた新聞を広げ、一面を示す。そこには争議の逮捕者の一人として、守也がドクターと読んだ男の名前が記載されていた。「いつ出てくるかわからないなら日程調整だってできないじゃないか」
「すぐに釈放されると思いますよ」それまで二人の話しをだまって聞いていた佐伯が、ポツリとつぶやく。
 守也は彼が自己紹介の後には一言も喋らなかったことに思い至り、記者というのはこんなにおとなしいものだったかと不思議に感じた。
 フンと鼻を鳴らして永井は言う。
「それにね、もうドクターには二三度、話を聞かせてもらってはいるんだよ。うちのお偉いさんと一緒にね。でもあの人はなんというか、想いが勝ちすぎる。不幸だ、可哀想だ、何とかしてやらねばと熱弁されてもね。はっきりいって先生方は白けてしまった」
 守也の無表情に気づいたようだ。永井は少しだけ顔を引き締めて続ける。
「もちろん、その情熱は理解できるし、大事なものだと思う。長年スラムで活動しているあの人の貧民への愛は本物だし、私だって同情している。ただ慈愛、博愛で語っても議会や役人達を動かすことはできないよ。一般市民の生活だってこの不況で大変なんだ。社会情勢を無視して理想を貫けるなどとは幼稚にもほどがある。まず必要なのは客観的事実。我々は君に連れられて、スラムで暮らす奴らの一日を体験する。その時ドクターに来られていつもの感じで力説されても、正直いって邪魔臭い。なぁ、君だってそう思うだろ?」
 言われて守也はドクターが時折見せるとんちんかんな言動を想起し、思わず苦笑してしまう。
「あの、予定を空けておきますので私も同行させてください」佐伯がいった。
「おお、いいじゃないか。ルポルタージュの専門家が連れ立ってくれるとは心強い。なぁ、君」
 はしゃぐ永井の言葉に守也は微笑でうなずく。
「じゃあこれで決まりだな」丸顔の男は破顔しながらわざとらしく両手を打った。
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No title

初連載、おめでとうございます。初コメをゲットしました。
タイトル、なんて読むの?批評してあげよう。
1.会話文は、もう少し改行した方が読みやすいだろう
2.堀が深いは、たぶん「彫が深い」だろう
でも、確かに小説になってたので驚いた。毎日、この分量を連載するの?タイトルも「出梅」はわかりにくいから「梅毒」の方がわかりやすいと思います。

No title

さすが、Noとは言わない男。
ようやくデビューですな。とりあえずはおめでとうございます。
今後、どう展開していくのか、楽しみと一抹の不安が入り混じった船出ですが、がんばって下さい。
(ちなみに目標更新頻度は?)

あと、タイトルの意味知りたいな。
それから、確かに会話は改行した方が読みやすいかな。

No title

あれ?今日は更新してないの?
毎日更新を楽しみに、のぞきにきますね!!←プレッシャー

No title

あと、タイトルに用いられている丸中数字は、ブラウザによって文字化けしますので、使わない方がベターですよ!

No title

初連載、いい感じですな。
アヅマ氏の激励を、今後の執筆活動に活かしてほしいものです。

私はこういった文章が意外に好きかも・・・
ではでは頑張って~
1.9mの男より

おめでとうございます☆

ブログ開設&連載開始、おめでとうございます!
そして、いろんな方からの激励のお言葉、うらやましい限りです(笑)

私もまた遊びにきますね~♪

おめでとうございます

初投稿です。
冒頭がまさに小説ですね。情景が見えます。
勉強させていただきます。

あれ?

まだ、第2話アップされてないなぁ・・・
楽しみにしています!

おや?

第2話アップされてないのかなぁ?
おもわずブラウザの更新ボタン連打しちゃいました。
期待してお待ちしてますので!

No title

連載打ち切り?
それとも宮本武蔵的な作戦??
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